こんにちは。 zaronchuchuです。
まず、お詫びから。
**幻の日記をご覧下さった方へ**
「明日から10日間見逃せませんよ??」
とかって、大見得切ったくせに、ちょっとした準備不足が発覚し、微調整が必要となってしまいました(→あほ)
舞い上がった上の?勇み足につき、どうぞお許しくださいませm(_ _)m
なになに? 何の話をしてるんだ?
と、「勇み足」を見損なった方も、続きを期待くださった方も、
どうか12月1日の日記を楽しみになさってくださいね♪
新しい【月とザリガニ】が誕生???しますよ~
それでは、予定が狂ってしまったので、今日はピンク*十字を。
ロードナイトと金の鎖が、とても可愛らしい一品となりました。
周りの大切な人たちの為とはいえ、自分を犠牲にしがちな人に身に着けてもらいたくて作りました。
合言葉は、「まずは、自分を愛することからはじめよう」です♪
それにしても、最近、言葉にやられまくっています。
「常識」という言葉を許さない彼女と、「正しい」ことにこだわる私みたいな?
常識といっても、本当の常識など何もないんです、わかってるんですよ。
正しいといっても、何が正しいかなんて、本当はわかりっこないんです。
でも、使い勝手がいいので、私、結構使ってしまうんです。
しかし、容赦ない人がいるんですね~
彼女は、常識という言葉が嫌いというより、嫌悪に近い感覚なようでしてね。
いちいち噛み付いてくるわけですよ。
融通が利かないんですよ、全く。
まあね、彼女の言うことは、きっと正しいんです。
彼女の信じることはともかく、「常識」という言葉に関してのみ語るならば。
常識を語るなら、辞書に書いてあるように、多くの人が共通して持つ認識として根拠がある場合にのみ使え、と。
でもね、厳密な意味で言えば、そんなの無理なんですよ。
私は、大掛かりなネットワークも持ち合わせちゃいないし、統計を取る根気もありませんしね。
大体、意味を見出せません。 それほどの苦労をしてまで、彼女に訴えたいことなど持ち合わせちゃいませんから。
たとえ、私の言う常識が、「多くの人が共通して持っているだろうと私が考える考え」に過ぎなくても、いいじゃん? って思うのですよ。
大体、大したことなど言いはしないのだから。
でも、意見が分かれた時が、さあ大変です。
しかも、ひとつの答えを出さなければ、互いが前に進めないときは。
そんな時、何でこんな面倒くさい人と友達なのかわからなくなったりしますが、とにかく、意見が全く合わないのですよ。
そして、お互い譲ることを知りません。
互いが自分の意見にこだわりを持っているからです。
彼女は、信念にもとづき譲らない。 わたしは、それが「正しい」として譲らない。
ここで、「正しい」というもうひとつの問題が発生しました。
私は、基本的怠け者な人間ですから、自分に甘い人間です。
「正しい」と考えるものはひとつであったとしても、実際行っていることは、ダブルスタンダードといったこともままあります。
例えば内と外の顔があるとするなら、内の顔では、自分の本当はこうしたほうがいいというものがあったとしても、「まあまあ」と甘やかしてしまいがちであったりします
でも、なにか「ちゃんとしなくちゃいけない場」では、外の顔で、自分の信じる「正しさ」に結構こだわったりするのです。
その正しいは、清廉潔白を重んじるというよりは、社会の常識に照らし合わせて、と悪く言えば、都合良く動かされるものだったりします。
そこで、「常識」と「正しい」に、本来の意味を求める彼女が茶々を入れてくるのです。
彼女の言うように、常識にしろ、正しいにしろ、本当の姿はないわけですよ。
そんなのは百も承知なのです。
何が常識で、何が正しいかなんて、誰もわかるわけがないんだから。
でも、例えば、嫌なたとえではありますが、
人を殺すことが正しいかそうでないかといったら、この時代、答えは否に決まってます。
それが私の言う常識で、多くの人が共通して持っているだろうと思う考えです。
でも、彼女はそこにも疑問を持ったりするのですよ(→昔の話なので、今はどうだか知りませんが)
勿論、あくまでも考えとしての疑問であって、殺すことがいいだなんて考えてるわけじゃないですよ、それは友人として保障します。
でもね、こうなったら、お手上げなのですよ。
意見が分かれたとき、そして、意見をひとつにまとめなければ互いが前に進めないとき、
答えは絶対ひとつに絞らなければいけないのです。
互いが互いの主張を繰り返すだけでは、平行線をたどるばかり。
しかし、私の常識に照らし合わせると、彼女の考えは、とても受け入れられる物ではなかったりするのですよ。
この人、頭がおかしいのでは?とさえ、疑ったりしました。
彼女は言うのです。
理解を示してもらいたくば、常識という名で正しいと信じることを押し付けるのではなく、自分の信念を言葉にしてみろ、と。
でも、私には、多くの人が同じ共通認識を持っていると信じるにあたる経緯があって、
だからこそ、それが常識という言葉につながるわけで、
それ以上の信念など、何もないのです。 イコールなんですよ。
じゃあ、その経緯を一から十まで説明すれば、何か伝わるものがあるかも?と思わなくはないですが、
そりゃあ無理な相談なのですよ。
どうして私がそれを常識だと考えるようにいたったのか、そう信じるに至った個々の事例など、いちいち覚えちゃいませんから。
残るのは、至った考えであり、個々の事例など記憶の彼方へ飛んでっちゃって思い出せません。
でも・・・と思うのです。
正しいこと。 コレが実はネックなのでした。
内ではめちゃくちゃなままの自分を甘やかしているのに、
外では、正しい自分でありたいと願うのはおかしいことのような気もしてきました。
社会人としては、個々人が勝手なことを言い出したら、大変なことになります。
でも、いろんな世界がありますから、社会人と「ひとくくり」に出来るものじゃないことも確かです。
そうすると、私は自分が考える社会人としての正しい姿勢というものから一旦離れて、自分のいいと思う信じる道を持ったほうがいいのかもしれません。
大体、その正しいが本当に正しいかはわからないのは確かなんですから。
と、悩んでしまいました。
・・・でも、同時にそんなの疑ったらキリがないと、疑問の芽を摘もうとする私もいるんです。
そういえば、この前目にした「なるほどな~」と思った言葉をご紹介♪
「自分の言葉がすぐに伝わるような」身近な相手とだけ関わっていると成長がない。
だからこそ、幅広い年齢や、全く環境の違う多くの人と関わることが大切だ、みたいな。
そういう意味で言えば、全く言葉が通じない彼女との関係は、とても有難いものなのかもしれないな~と。
だって、人から見れば、何さっきからぐだぐだ言ってんだかね~ってことを、一生懸命頭使って考えたりする面倒くさい機会を沢山持つことが出来るんですからね♪
成長しまくりですよ
それでは~
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